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No.42 Chair / Kai Kristiansen / 1957

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1957年、Kai Kristiansen(カイ・クリスチャンセン)氏デザインによる、ダイニングチェアです。
 
50年以上の時を経て、日本で復刻した際、座面に新素材を採用したことで、居住性の高さはオリジナルを超えるものとなっています。
 
可動式の背もたれと、ハーフアームから一体となった後脚、座ったときに思わずため息が漏れる座り心地は
他の椅子を探しに来た方が思わず惚れ込んでしまうほど。
 
昨年に木部のフレームをより繊細に、オリジナル初期モデルに近づけたことで
より美しいシルエットになりました。
 
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デザイン性、機能性を併せ持つ、誰もが納得する北欧の名作チェアの一つです。
 
 
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日本のミッドセンチュリーシーンを支えてきたデザイナー達Vol.2

 

Vol.2 デザイナー 水之江 忠臣

 

水之江忠臣(みずのえ ただおみ)

知る人ぞ知るデザイナーといった方でしょうか。

不勉強でなんだか申し訳なくなってしまいますが、今回ちゃんと調べるまで私はこの人のことを知りませんでした。
 
前川國男の友人であって、ずっと前川國男の建築に家具を添えてきたのが水之江忠臣だそうです。

所員のかたちをとってはいましたが、パートナーとしてずっと家具をデザインしていたと聞きます。
 

そんな水之江さんに注目が集まるのが昭和29年に建てられた神奈川県立図書館。ここで彼がデザインした椅子は丈夫な材で作られた脚に座と背が成形合板で製作されていて、これがとても高く評価されたのです。

今の図書館はすべて椅子が更新されてしまい、水之江さんの椅子は見れなくなってしまいましたが、このときの椅子がきっと初代の“水之江ダイニングチェア”だったのではないかなと思います。

無垢でつくられた直線的な脚に3次元曲線をもつ成形合板の背と座。

とてもシンプルで主張はしてこない控えめな印象の椅子。

座ってみるとすっと体を支えながら包むような安定感がある、板座ながら心地のよい椅子だとわかります。



引き続き天童木工の加藤さんにお話を伺いました。
 
【図書館のためにつくられた椅子だと聞きましたが、とてもシンプルで座りやすいです】
 
「水之江さん自身は閲覧用というよりは最初から多目的椅子と考えていた節があって。

というのも翌々年の1956年に建てられた六本木の国際文化会館にも納められてるんですよ。広い場所でも使えるし、家庭のダイニングでも使える。BtoBであってもBtoCであっても使えるというコンセプトはもたれていたはずです。」

 

※江戸東京たてもの園 前川 國男の自邸にて

 

【そのなかで100回も修正されてきたんでしょうか】<
 
「どちらかというと、使われていく中でもっと強度を出したいとか、技術的な進歩によって座面のカーブを変更したりしていっています。

座面も今より薄かった時期もあるのです。強度的な観点からもっと座面を厚くしたいという話が出て改良されたと聞いています」
 
【ずいぶん細かい調整を繰り返している印象ですね】
 
「それこそミリ単位の調整もありましたし、規格品となってからも改良を繰り返してきた椅子なんです。」
 

【貫がなくてももつかどうかなど強度面のあたりでしょうか】
 
「そうですね。成形合板で作る意味という部分でもそうですし、このいすは部材同士がかなり緻密に組み立てられています。必要最小限のパーツだけで成立しています。
 
【その結果が100回なんですね】
 
「100回はとっくに越えていますね。2016年の4月も塗装色を変えたりしました。

水之江さんが亡くなって30年以上経った今も、改良が続けられています。

元々シンプルで改良がしやすいように開発されていますので、改良を加えてもデザインが破綻してしまうというところがないのです。

成形合板は作るのに型が必要ですから一度作ると大きな変更はできません。

脚に無垢を使っているのは座を支える角度を何度か調整するためでもあります。

このいすは成形合板の良さと無垢の良さをあわせ持ったすごくハイブリッドな椅子なんです。」

 

 

 

【恥ずかしながら水之江さんのことをここに来るまでよく知りませんでした。】
 

「一般的にはそれが普通でしょうね。

水之江さんが発表した椅子はすごく少ないのです。その代わり世に出したものは最後まで責任持って関わっていました。

彼は「デザイナーは一生にひとつ、本当に良い物が残せたらそれでいい」と言っていました。

その一つがこの椅子だったという事ですね。」
 
【どんな方だったんでしょうか。資料もあまりないので想像になってしまいそうですけれど】
 
「水之江さんは息子さんが6歳の時に亡くなられていますのであまり記憶には残っていないとのことでしたが、ご自宅に水之江さんが集めた資料がありまして、特に整理されず段ボールに入ったままでした。

それを捨てるにも難しいので、と弊社に預けられたのです。それを開くとたくさんのポスターや写真がありました。

ハーマンミラーのポスターやイームズと水之江さんが写っている写真とかハンス・ウェグナーとの手紙とかプライベートな写真とか。

こういうものを細かく取って置くのが好きだったんでしょうね。かなり几帳面だったんじゃないかな。

ポスターの量から見てもコレクターの気質もあったんでしょうか。」
 

【優れた家具に進化させ続ける事を目指していました、とありますがこの椅子もまだ進化は続くのですか?】
 
「私自身もこれが最終形とは思っていないです。必要に応じて変え続けるというのは水之江さんも考えていた事ですし、変えることが出来る椅子でもあります。

とはいえ大きく変えて値段がぐっと高くなるのも水之江さんの意図とは違ってしまいますから、そこは守りながら変えていく。

天童木工としてもそれは続けていく責任がありますね。」
 
【たくさんの改良から天童木工が得たものはありますか】
 
「もちろんあります。たくさんのノウハウが出来たのはこのいすが図書館や大学とかに何百と収められたお陰でもあります。

数があるから企業としても改良に取り組むことが出来ました。」
 
【このいすの魅力はなんでしょう】
 
「歴史的な魅力というのもありますよね、何度も改良されたというのもありますけど、

どんな場面でも使えるというように設計されているので、誰でも使いやすいというのもありますし、

他に比べて値段が安いという面もあります。

水之江さんはハーマンミラーの輸入アドバイザーも務めていましたし、海外のデザイナーとのやり取りも多かったので、最新のデザインにより身近に触れていたんです。

だからこの椅子を作るに当たって海外のような派手さをもったデザインを考えていたのかなと思うところもありますが、

進化し続ける事を目指して最終的にできたデザインはとてもシンプルでした。

それこそ水之江さんが求めていた事で、流行とは違う気づいたら隣にあるようなものを目指しているのだと言えますね。

お客さんがどんな部分に反応されるかはわかりませんが、たくさんのストーリーを持ったいすなので、デザインに興味ある方だったら図書館の話も良いですし、実用性で言うのであれば何度も改良が続いているフレキシビリティの話も良いですし、値段から興味を持っても良い。

ストーリーをこの椅子に感じてもらえるところが魅力ですね」

 

 

シンプルである事が究極のフレキシビリティ。

新しいものが世にでるたびに目を奪われてしまう、そんな自分の価値観を見直させてくれるデザインが60年も前の日本にあった事が驚きでした。 

水之江 忠臣(みずのえ ただおみ)1921~1977

1921年大分県生まれ。1942年に前川國男建設計築事務所に入所、数多くの物件の家具デザインを担当。
機能的かつ量産に適した家具のあり方を追求していった。
「デザイナーは一生に一つ、本当に良いものが残せたらそれでいい。」
と常々語っていた彼のプロダクトからは、まさに”常に質の良い家具づくりを目指したデザイナー”として椅子に生きた男の哲学が今もなお感じられる。
 

次回は、天童木工の転機ともなった椅子をデザインし、日本のミッドセンチュリーデザインを語るのに欠かせない、柳宗理さんの事務所をお訪ねします。

 

 

<<Vol.1 成形合板技術のパイオニア 天童木工を読む。

 

柳宗理Plywood Dining Chair>> 水之江忠臣Plywood Dining Chair>> 水之江忠臣Plywood Dining Table>>

日本のミッドセンチュリーシーンを支えてきたデザイナー達vol.1

 

Vol.1 成形合板技術のパイオニア 天童木工

 

ミッドセンチュリー

時代で言うなら1940年代

それまで家具と言えば直線的なデザインが多かった中で成形合板の技術が取り入れられ、数多くの名作家具が世に出た時代です。

例えばイームズの代表作であるプライウッドチェア。

それまでの技術では強度的に弱かった3次元曲面の座面を持った椅子で戦時中に制作していた脚用の添え木、レッグスプリントの開発から生まれた20世紀の最高傑作とまで言われています。

そしてこのプライウッドチェアは背と座とが別々のパーツで出来ていましたが、これを一体化させる事に成功したのがアルネ・ヤコブセンのアントチェアです。

当時は新しい技術がもたらす自由に多くのデザイナーが取り組み、今も残るデザインを残しました。
 
その頃日本の家具はどうだったのでしょうか。

日本には世界に通用するデザインなんてないのではと思う人もいるでしょうけれど、そんなことはありません。
 
むしろこの時代に初めて世界に通用するデザインが生まれたのです。
 
終戦後、山形県の旧天童町に大工や建具の職人が集まり、天童木工家具建具工業組合が結成されました。

後の天童木工です。
 
最初は軍需品を作るために集められた組合でしたが、終戦後に手持ち材料を使って家具を作り始めたのだそうです。

住まいの中で必要なちゃぶ台などを百貨店に卸したのが ビジネスの始まりで、

日本で初めて成形合板の技術を取り入れたのがそこから2年後の1947年、ここから新しい天童木工の歴史が始まっていきました。

 

 

 

北欧やアメリカで確立されつつあった成形合板の技術がきっとこれから先の時代を作るだろうと見越して機械を導入したことから剣持勇や柳宗理などから今までに無かった家具の相談が舞い込んできたのです。

今ではパリのルーブル美術館やニューヨーク近代美術館(MoMA)のパーマネントコレクションに選ばれたバタフライスツールは天童木工を語る上でかかせないものとなりました。
 
 
今回天童木工の加藤さんにお話をうかがうことができました。
 
【今ではよく見られる企業とデザイナーのコラボレーションですが、天童木工はその先駆けの様に思います。どういった事がきっかけだったんでしょうか。】
 
「当時の日本では最新技術であった成形合板を使って家具を作りたいという相談をデザイナーさんからいただくことがほとんどだったようです。柳さんのバタフライスツールに関していえば、柳さんがスツールの模型を作って、こういう物を受けてくれるメーカーがいないので何とかならないかと国の産業の研究機関だった工芸指導所に持ち込んだところ、天童木工なら出来るかも知れないと紹介されたのが始まりなんです。

そして当時売れっ子建築家だった丹下健三さんが天童木工で内装に使うものや家具を作っていて、それに触発されて色々なデザイナーから依頼がくる様になったのです。」
 
【バタフライスツールが大切な位置づけをされてるのはどうしてでしょうか】
 
「こんなに複雑な曲げはやっぱり最初は出来なかったんですよ。でもどうやってそれを作っていくか開発していくことで、成形合板の技術も向上していきました。

これが内部のデザイナーだと出来なかったと思うんですよ。

現実的な制約を自分で出してしまうんです。これは出来ないから止めようっていうような。しかしこれが外部のデザイナーなら何とか作って欲しいという要望に応えようとする関係性があったから企業としても成長出来たんですね。それは塗装もそうですし、曲げから組立までも全ての工程においてデザイナーとのやりとりがあったので、工場としても成長出来た、そしてそれが世界に名前を知られるきっかけにもなった。初期の天童木工を語る上で欠かせない椅子なんです。」

 

※「3次元プレス成形」により、薄くても強度を保ちながら、無垢材では出せないフォルムを可能にする。

 

【今の時代新しい技術ですと3Dプリンターなんてものが出てきていますが、何か新しく取り入れたい素材や技術などありますか】
 
「会社としてはどこかに成形合板を使っていたいというのがありますが、60年代には発泡ウレタン成形の家具なども作りましたし、木にこだわり過ぎない方が良いのではないかと思う部分もありますね。個人としては色々な材料を試してみるのも良いと思います。ですが成形合板で熟練してきたからこそ、いきなり新しい物に手を出しにくいんですね。

今は間伐材や針葉樹を使った家具製作に取り組みを始めています」
 
【針葉樹というと脆くて家具には向かない素材ですよね】
 
「そうです。密度が少なく脆いのですが、圧密というんですが、材料を切り出した後に成形合板用にローラーで圧縮をして使っています。

角材を圧縮するには相当な力と熱が必要でして、そうすると変色してしまうので本来の色が保ちにくいという課題があります。

ですが薄くスライスしてローラーにかけると変色せず、本来の味を残す事ができます。これは成形合板をやってきた私たちだからこそ開発出来た技術なんです。

 

 

※スギなどの針葉樹に圧密加工をし、成形合板の素材に利用して完成した椅子。

 

それでも全て針葉樹では広葉樹と同じような強度が出るかというとそうではないので、様々な工夫をしています。

あくまで木工の枠の中で新しい課題に取り組みをしていますが、昔がそうであったように新しい技術を取り入れて課題に応えていくというのが私たち天童木工の本来のあり方とも思います」
 
【課題に応えていくというと、水之江忠臣さんの椅子の話は有名かなと思います。】
 
「有名というと、どのあたりのことでしょうか」
 
【100回は作り直したという話です】
 
「恐らくですが、もっと多いのではないかと思います。今も色々直していますから」
 

そう言って加藤さんは水之江ダイニングチェアを持ってきてくれました。

とてもシンプルで控えめな、でも力強い正直者のような印象の椅子。
 
次回はこの椅子についてもう少しお話を聞かせてもらおうと思います。

 

Vol.2 デザイナー 水之江 忠臣を読む。>>

 

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MALIBU CHAIR(マリブチェア)

フリックチェア MALIBU CHAIR(マリブチェア)

剥がし加工を施したスチールフレームの塗装と、杉古材の表情が 使い込まれた味のある風合いを一層引き出しています。

フリックチェアフリックチェア


ソリッドダイニングテーブルとNo.42チェア

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※写真 樹種:オーク、チェア張地:マスタード


飛騨高山の無垢テーブルに、北欧デザインのチェアを合わせた、おすすめのコーディネイト。
 
厚みのある無垢材の天板と、すっきりとしたフォルムの脚を持つ「ソリッドダイニングテーブル」に
1950年代、デンマークの不朽の名作「No.42チェア」を合わせました。
 
オークの木部に、マスタード色のファブリックが映えます。

 
 

「ソリッドダイニングテーブル」詳細はこちら
 
「No.42チェア」詳細はこちら

 
 
 
 
 
 


RAUMA CHAIR(ラウマチェア)

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RAUMA CHAIR(ラウマチェア)

素材:ビーチ
サイズ:SW510×SD495×SH480×H896mm
生産国:チェコ

角のような背もたれの意匠が特徴的なサイドチェアです。
背もたれが笑ったときの口のようにも見えることから、スマイリングチェアとも呼ばれています。  



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※生産中止につき、在庫限りとなります。
※商品の詳細や在庫のご確認はお問合わせください。

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